初回『黄金町バザール』の会期中に、どこでセールをやっているのかと質問を受けたことがある。日本ではデパートの特売会や大売り出しのように、商業的な催しに使われることの多い「バザール」という単語だが、フランス語と英語の「bazar」はイスラム圏にある商店街を指す。さらにその語源を辿ると「値段の場所」という意味を持つ通り、伝統的なバザールには定価がなく、ときにはミントティーをすすりながら、売り手と買い手がお互いの提案に納得するまで交渉が続くという。
地域の商店街や商店が社交の場として機能している例はイスラム圏に限らず、アジアの異なる文化圏にもみられる。かわいい愛称をもつフィリピンのサリサリストア、ベトナムのクアハンバンドヴァンマ、インドネシアのワールン、マレーシアのケダイの他、日本では家の軒先に開かれた家族経営の商店が、地域の情報交換の場として重要な役割を果たしてきた。
これまで『黄金町バザール』でも、個人商店と地域コミュニティの関係をテーマとする作品を紹介してきたが、ここでは、果物屋を装ったウィット・ピンカンチャナポンの『フルーツ』(2008)を振り返ってみたい。この架空の果物屋では、バナナやマンゴスチン、スターフルーツなど南国のフルーツを象った数種類のペーパークラフトが販売されている。それぞれの値段は、実際の果物の市場価格に応じて設定されていて、ここで観客は好きなペーパークラフトを購入し、その場で組み立て、完成した紙の果物と本物の果物を交換するという仕組みだ。
ペーパーフルーツ作りに専念する人、おしゃべりに来る人、仕事の合間に立ち寄る人など老若男女の憩いの場として親しまれた。果物の流通をテーマとするこの作品は、生産者と消費者の関係、北と南の経済格差など世界が抱える大きな問題に触れる一方で、町の商店が地域社会で果たす重要な役割と、創造的な経験を通して、立場や関心の異なる人たちがつながっていく過程を提示している。『黄金町バザール』というアートフェスティバルは、日常空間にアート活動を展開し、場所に対する新たな感覚とコミュニティの意識を育てようとする試みだ。
平野真弓
「黄金町バザール2013レポート」掲載