中村順平と建築芸術教育 Junpei Nakamura

June 3 - August 3, 2015
大阪歴史博物館 Osaka Museum of History















「横浜高等工業学校で毎年11月に行われた記念祭(学校祭)で、中村はボザールでの芸術祭にならい「建築家大行進」を行った。中村は、毎年テーマを決めて「建築家大行進」のポスターの原画を制作した。また、山車や衣装も自らデザインして学生に制作させ、学生とともに横浜の中心街・伊勢佐木町などをパレードした。中村は行進曲や振付けにまでこだわり、建築という枠組みにとらわれず、総合芸術を志向していたことをうかがわせる。中村が自由な教育を行えた背景には、当時の校長・鈴木達治(煙洲)の三無主義(無試験・無採点・無賞罰)という特色ある教育方針があった」

「建築家大行進」は、昭和3年(1928)から11年まで、8回にわたり次のテーマで実施された。また別途、昭和15年に東京の皇居前から九段まで、皇紀2600年の芸術行進を実施した。

第1回(1928)「天壌無窮」(天地は永遠に極まりなく続くこと)
第2回(1930)「ARS LONGA」(人生は短く、芸術は永し)
第3回(1931)「精神文化の勝利」
第4回(1932)「光は東方より」
第5回(1933)「大アジア主義」
第6回(1934)「文芸復興」
第7回(1935)「日本文化の独立」
第8回(1936)「藝術之歓喜」